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■「王城の護衛者」松平容保 



幕末の一陣の風、新選組は「会津藩御預」であった。新選組は、会津藩という後ろ盾があってこその組織であった。新選組を知る上で、会津藩のことを避けては通れない。


文久2年(1862)尊皇攘夷の過激浪士が跋扈する京都の治安を維持し、天皇を守り、幕府の威信を回復するべく強力な権能を持つ「京都守護職」が置かれることになった。
その困難な役職に任じられたのが、幕末を最も数奇な運命で生きた会津藩主・松平容保(まつだいらかたもり)であった。


彼はどのように生まれ育ち、どのようにして生きて行ったのか。
「京都守護職」として、また「新選組の上司」としてどのような事を行ったのか。
鳥羽・伏見に始まる戊辰戦争…「王城の護衛者」としてあれほど天皇に尽くした彼が何故「朝敵」とされねばならなかったのか。その波乱に満ちた生涯をたどってみたい。


第一回 松平容保の生まれた「家」


第二回 会津藩祖「保科正之」・容保養父「松平容敬」の「似たような境遇」


第三回 (資料図)徳川家の血脈の維持機構

第四回 会津藩祖「保科正之」の教え〜家訓(かきん)

第五回 会津の藩風を築いた神道と朱子学
 

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