私の年も
桜の咲く頃になって
古びてしまったものだ
一年のうちでも正月、それも三が日とか松の内の間は、一日一日が「おろしたて」のように新鮮だ。
一つ数字を加えた年号などを使うのもまだ初々しく、身の回りのことをすべて「初なんとか」と呼んで大事に過ごしているのが一月だ。
しかし、やがて新しい年にもすっかり慣れてしまって、ニ月はあっという間に過ぎ、気がつくと三月も終わろうとしている。
いつのまにか、何の断りもなく桜の花にまで咲かれてしまって、「今年」というものがすでに使い古されてしまったような感じを抱いてしまうなあ…と思っている歳三なのだろうか。
「我が年」というのは、自分の十二支の年、すなわち「年男だ」という意味なのだろう。そうなると歳三が二十四歳の時の俳句ということになる。
色々と思い煩っているうちに、時間ばかりが過ぎていってしまったことへの、ほのかな哀愁を漂わせる句のようだ。
(2006 3.15)
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