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■旅の装束(一般武士)


野袴

裁着袴

東海道、中山道などの街道は、そもそも「武士の旅」のために整備されたといってよいだろう。「武士の旅」の代表といえば「参勤交代」であるが、歳三たちが上洛した文久三年(1863)の段階では、もはや諸国の大名は従わなくなっており、その制度は事実上崩壊していた。
したがって、浪士隊二百数十名が中山道を集団で旅しても、大名行列の宿泊とダブルブッキングする心配などもなかったのだ。


それはさておき、
武士の一般的な旅装束を描いてみた。(モデル:沖田総司君)
庶民の旅装束といえば「黄門様のお供の助さん格さん」のように股引をはいて、手甲、脚半に振り分け荷物といったスタイルであるが、武士の場合はもう少し改まった姿だった。


裾に黒い縁取りのついた「野袴」をはき、刀には「柄袋(つかぶくろ)」をかけて雨などから守った。羽織は後ろに切れ目のある「背割り(せわり)羽織=ぶっさき羽織などともいった」が多く見られるようだ。これは刀が羽織の後ろを「無駄にまくりあげない」のですっきりとした後姿になるし、馬などに乗る時も便利だった。

             
          背割り羽織


また、「裁着袴(たっつけはかま)」といって、脛(すね)の部分が体にぴったりするような形のものもあった。
今日では相撲の呼び出しさんが着ているのがそうである。
建設現場でよく見かけるニッカボッカの親類みたいなシルエットだが、確かに動きやすそうだ。
大名行列の浮世絵などを見ても、この袴をはいているお供は多い。


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